JB News

政治・経済・海外情勢の深層を読み解くニュースメディア

キンタロー。氏「ギャラそんな高くないですよ」出演料報道を否定 出演を依頼した人からも反応

キンタロー。さんの肖像と出演料報道を否定した発言、芸の価値を評価する実際の反応の一部

キンタロー。さんが11月8日、イベント出演料を取り上げた「女性自身」の記事にXで反論しました。本人は報じられた金額を否定し、事実確認の進め方にも不満を表明。反応の中には、この秋に実際にイベント出演を依頼したという人の声もありました。

目を引くのは、ただ「もっと高くてもいい」と励ます声だけではないことです。仕事を頼んだ側の評価、客席で芸を見た人の感想、いつも笑わせてもらっているという応援。それぞれ違う立場から言葉が寄せられています。ただし、これらの反応だけで契約金額の正否が確定したわけではありません。

出演料の報道に本人が反論

女性自身は11月8日朝、イベント関係者の話として、キンタロー。さんのイベント出演料が1本約150万円に上るとする記事を掲載しました。本人が料金を公表したという記事ではなく、関係者の説明をもとにした内容です。

これに対して本人は、同日午前10時56分の投稿で光文社と女性自身に呼びかけ、掲載内容は事実ではないと主張しました。過去に一緒に仕事をしたことにも触れ、十分な確認がないまま記事にされたと受け止めていることが伝わります。

投稿中の「ギャラそんな高くないですよ」という言葉は、金額の説明としては短くても、否定の意思ははっきりしています。一方で、正しい出演料がいくらなのかという具体的な数字は、この投稿では明かしていません。「報道された数字を否定した」と「実際の料金を公開した」は別の話です。

確認した女性自身の記事には、料金を裏付ける契約書や請求書の提示はありませんでした。こちらでも契約資料は確認できていないため、約150万円を確定した料金として扱いません。また、本人の否定を受けて、別の金額を推定して埋めることもしません。

ネットの反応

元投稿に寄せられた公開の反応から4件を紹介します。出演依頼をしたという人の説明と、観客・ファンの感想を分けて読むと、同じ応援の言葉でも少しずつ意味が違って見えます。以下は確認できた個々の声です。

出演を依頼したという人からの感謝

実際に見た芸の価値を評価する反応

ファンからの気遣い

前日の芸を見た感想

出演したイベントへの感謝や、芸そのものの価値を評価する声が目立ちました。報道への怒りに同調するだけでなく、自分が見たキンタロー。さんの姿を伝えようとする反応もあるのが、この投稿の印象に残るところです。

出演を頼んだ人の「リーズナブル」

相田翔吾さんは、この秋のイベントにキンタロー。さんを招いたと説明し、費用の受け止めだけでなく、出演料以上に一生懸命取り組んでくれたことや、来場者への対応を挙げています。

この反応は、外から人気を眺めている人の感想とは立場が違います。依頼した側だと明かしたうえで、仕事ぶりへの満足を具体的に書いているからです。数字だけの記事では伝わりにくかった、イベントの現場で何が評価されていたのかが少し見えてきます。

ただ、相田さんも契約額を公開しているわけではありません。「リーズナブル」は、その人が受け取った価値に対する評価です。安いと感じた人がいるから報道の金額は必ず誤りだ、とまでは言えませんし、すべてのイベントが同一条件だったとも確認できません。

それでも、出演をお願いした人が、本人の投稿を見てすぐに感謝を書き込む。その動きには、料金表とは別の説得力があります。仕事が終わったあとにも、頼んでよかったという気持ちが残っていることを伝える反応として読みたい言葉です。

「その価値はある」と金額の正しさは別

高岡のニューオータニで見たという人からは、報道された額ほどの価値はあると受け止める反応がありました。こちらは支払った人の証言ではなく、芸を見た側の評価です。

出演料の否定に対して、あなたの芸にはそれだけの価値がある、と返したくなる気持ちは分かります。本人を低く評価したくないからこその励ましにも読めます。ただ、本人が困っているのは、芸を高く評価されたこと自体というより、実際とは違う料金の話が自分抜きで広がっていることなのでしょう。

高く評価する言葉と、本人が否定した数字を事実として残すことは、一緒にはできません。「面白いから、それくらいでも納得できる」という感想を、そのまま「本当にその料金なのだろう」という推測につなげてしまうと、応援のつもりでも話がずれてしまいます。

反応枠に載せた、いつも元気をもらっているという声や、前日に見て面白かったという声は、そうした金額の推測をしていません。見る側が受け取った楽しさを、そのまま本人へ返しています。無理に金額を付け直さない応援も、十分に温かく感じられます。

長く仕事をした相手だからこその戸惑い

キンタロー。さんは別の反応への応答でも、本人への事実確認がなかったと主張しています。これは本人側の説明であり、取材の全過程をこちらが確認したものではありません。

さらに午後1時15分の投稿では、無名の頃にものまね館キサラまで取材に来てもらったことを振り返りました。かつては記者から直接インタビューを受け、袋とじの仕事や光文社からの本の出版にもつながったという説明です。公式サイトの経歴にも、2014年に光文社からダンスの本を出した記載があります。

強い語調の最初の投稿だけを読むと、報道への怒りが前面に出ます。でも、この追加投稿まで読むと、以前の仕事を覚えていたからこその落胆が重なって見えます。かつて自分を取材してくれた相手なのに、今回はなぜ、という戸惑いです。本人はこの投稿の最後を、悲しいという気持ちで結んでいます。

報道側の記事は、人気や仕事の需要を評価する内容でもありました。だからこそ、褒める記事のつもりなら問題ない、とは片付けにくいところです。好意的な紹介でも、本人が違うと言っている数字が独り歩きすれば、本人の仕事の話と食い違ってしまいます。

今回のやり取りで心に残るのは、相田さんが、どれだけ支払ったかを競うように書かず、何をしてもらってうれしかったのかを並べたことです。本人は料金の誤解をほどこうとし、仕事を頼んだ人はその仕事への感謝を返していました。派手な数字より、その二つの言葉のほうが、今回の出来事をよく伝えているように思います。

出典とメモ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です