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箕輪厚介氏、熊谷氏への批判に「見てられない」 ネットでは「完璧超人」への疑問と会見への異論

箕輪厚介氏の肖像と「熊谷氏を擁護」「叩いてるの見てられない」、別枠に実際の反応「両者の意見を聞いてみたい!」と投稿者ID、一部抜粋の表示。

「見てられない」という短い言葉に、かなり強い感情がにじんでいます。編集者の箕輪厚介氏が11月5日、GMOインターネットグループの熊谷正寿氏を批判する起業家たちについてXに投稿しました。熊谷氏を擁護する内容ですが、投稿への反応を読むと、人物への評価と今回の対応への評価が、同じ話として受け取られていない様子も見えてきます。

背景には「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセス問題があります。熊谷氏は11月2日に記者会見を開き、システム上の問題や自身のSNS発信について謝罪しました。その後も会見や発信への意見が続くなか、箕輪氏が批判する側に厳しい言葉を向けた形です。

箕輪氏は批判する起業家の姿勢に怒り

今回の要点は次の3つです。

  • 箕輪氏は11月5日の投稿で、熊谷氏を批判する起業家たちへの不快感を表明しました。
  • 公開の反応には、経営者に完璧さを求める風潮への疑問も、会見そのものへの異論もありました。
  • GMO側は、不正アクセスによる情報の持ち出しやシステムの問題を認め、補償などの対応方針を公表しています。

箕輪氏の投稿はこちらです。

箕輪氏は、批判する起業家について「ゴミクズみたいな起業家」と表現し、熊谷氏が叩かれる様子を見ていられないと書いています。最後の「恥ずかしい。」まで、相手にかなり強く踏み込んだ投稿です。

ただ、この投稿には批判相手の実名や、問題だと考えた個々の発言の引用はありません。誰のどの批判を指しているのかは、この文面だけでは特定できません。特定の人物を批判相手だと決めつけたり、ここに名前のない起業家を当てはめたりすることはできません。

目を引くのは、熊谷氏の対応のどの部分を評価するかという説明より、批判する人たちへの怒りが前面に出ている点です。擁護したい気持ちは伝わっても、会見を見て疑問を持った人には、疑問への答えがないまま強い言葉だけが届いてしまう。そのすれ違いが、反応にも表れています。

ネットの反応

元投稿に付いた公開の反応から4件を紹介します。熊谷氏への支持、経営者像への疑問、会見への異論、対話を望む声を選びました。確認できた個人の意見であり、賛否の割合や利用者全体の評価を示すものではありません。

熊谷氏への支持を表明する反応

経営者に完璧さを求めることへの疑問

会見そのものへの異論

対話を望む反応

「完璧超人」を求めているのか、という反応

経営者に対する期待の高さを疑問視したのが、こちらの反応です。

「完璧超人」という言葉には、失敗した人を一斉に責める雰囲気への息苦しさが感じられます。どれだけ大きな会社をつくっても、本人や組織が判断を誤ることはある。その一度で人物全体を切り捨てるのか、という受け止めにも読めます。

この気持ちは分かります。問題への批判が、いつの間にか人間そのものの値踏みに変わる場面は、見ていてつらいものです。箕輪氏の「恥ずかしい」という怒りにも、そうした空気への反発があるのかもしれません。ただし、本人は投稿で理由を詳しく説明しておらず、ここは文面からの読み取りにとどまります。

一方、「完璧でなくていい」という話と、「今回の対応はどうだったか」という話は、そのまま重なりません。すべてを間違えずに経営してほしいという要求と、被害が出た後の説明に納得したいという要求では、求めているものが違うからです。反応を単なる擁護と批判の二択にすると、この違いが見えなくなります。

熊谷氏のファンだと表明する反応もありました。長年の活動や人柄に魅力を感じている人にとって、一連の厳しい批判がつらく映ることはありそうです。ただ、その支持があることだけで、個別の問題への疑問が解消されるわけでもありません。

会見の評価を分けて考える声も

会見そのものに異論を示した反応はこちらです。

この反応は、箕輪氏の言葉遣いに応酬するより、会見の評価に話を戻しています。投稿者の「褒める人はいない」という表現は強いですが、実際に誰も評価していないと確認されたわけではありません。あくまで、この人が会見をどう受け止めたかを述べたものです。

人物として尊敬していることと、ある会見に納得できなかったことは、両立します。逆に、普段は好意的でない人の説明にも、納得できる部分はあり得ます。今回のやり取りでは、その間にあるはずの余地が、強い言葉の応酬で狭くなっているようにも感じます。

会見については、TBS NEWS DIGが冒頭発言を掲載しています。熊谷氏は、システムの課題を専門家から指摘されながらサービス運営に生かせなかったと説明し、SNS上の発信も被害者への配慮を欠いたとして謝罪しています。これはネット上の推測ではなく、会見で本人が説明した内容です。

だからこそ、会見を批判する意見をすべて便乗だと扱うと、本人が認めた問題まで話題にしにくくなります。他方、批判する側の一つひとつが、事実に即しているとも限りません。箕輪氏が具体的な発言を挙げていない以上、どの批判が的外れだったのかを、この記事から判定する材料はありません。

会社の発表には補償と再発防止の話

GMO側の10月24日付の発表では、システム上の問題が存在し、顧客情報が外部へ持ち出されたことを確認したとしています。不正取引による損失の補償や、独立した基盤の代替サービスの案内なども示されました。ここで紹介しているのは当時の公表方針で、すべての対応や支払いが完了したという意味ではありません。

また、会社は情報の不正公開をめぐって、被害拡大を防ぐ対応も公表しています。攻撃者とみられるサイトの情報を拡散することと、会社の対応を批評することは、扱っている行為が異なります。被害者の情報を広めなくても、説明や対策の内容に疑問を示すことはできます。

今回の記事で気になるのは、こうした具体的な対応より、擁護する人と批判する人の顔ぶれに関心が寄ってしまうことです。「誰が言ったか」が目立つほど、何を評価し、何に納得していないのかが置き去りになりやすい。箕輪氏の投稿が強く響く分、説明していない部分も目につきます。

「両者の意見を聞いてみたい」という声

対談を望んだ反応もありました。

投稿者は番組名と田端氏の名前を挙げ、「両者の意見を聞いてみたい!」と書いています。これは対話を望む個人の提案であり、対談の開催や番組への出演が決まったという情報ではありません。また、この名前が出たからといって、箕輪氏の投稿が田端氏だけを指していたと裏付けるものでもありません。

この反応が少しほっとするのは、どちらかを黙らせるより、言いたいことを聞きたいという形になっているからです。批判が行き過ぎだと思うなら、どの言葉が、なぜ違うのか。会見への不満なら、どの説明が足りなかったのか。そこまで言葉が進めば、短い投稿だけでは分からなかった違いが見えるかもしれません。

箕輪氏の怒りは、短い文面からも十分に伝わります。ただ、怒っている理由を知りたい人に残されているのは、まだ短い一文です。「見てられない」と言いたくなるほど、何が引っかかったのか。その具体的な説明のほうを聞いてみたくなります。

出典とメモ

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