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「慰謝料の基準」明治以来の見直しへ 誹謗中傷の賠償は変わるか

無題の参考書と資料ファイルを机に置いたAI生成イラスト。実際の研究会、法典や裁判結果を示す写真ではない

法務省は9月29日、民法の不法行為に関する規定を見直す研究会を設けると発表した。法務省は9月30日付の第1回研究会ページに議事次第と検討資料を掲載している。慰謝料を算定する際の考慮要素などが論点だ。不法行為の章の基本構造は1896年(明治29年)の制定時から維持されてきた一方、既に個別の改正も行われており、実現すれば初めての大幅な見直しになると報じられている。誹謗中傷をめぐる賠償額の物差しにも、影響が及ぶ可能性がある。

1. 研究会は何を決めようとしているのか?

報道では慰謝料と未成年者の性被害に関する時効が注目された。しかし法務省の第1回資料は、人格権侵害の救済、消滅時効、監督義務者や共同不法行為などの特殊不法行為、その他という広い検討範囲を示している。二つのテーマだけに絞った研究会ではない。研究会は基礎的な論点整理の場であり、議論の成果が法案として成立したことを意味しない。

構成員に裁判官が入っている点も見逃せない。慰謝料の額を実際に決めているのは裁判所であり、現場の感覚を知る人が議論に加わることで、基準が実務から浮いたものにならないかが問われる。

9月29日の報道と30日付の資料公表は、議論の入口を示す。ただし、発表からの日数の短さだけで、事前の準備や議論の速度、範囲を評価することはできない。資料に挙げられた検討候補と、今後実際に取り上げる論点、研究会で合意した結論は別に追う必要がある。

2. 慰謝料とは何か、なぜ「基準がない」のか?

慰謝料は、精神的苦痛など財産以外の損害を賠償するもので、現行民法710条が根拠となる。現行法に全国共通の金額表がないことは、裁判実務に判断の蓄積や事案ごとの説明がないことを意味しない。算定の要素を条文で示すべきかという問題と、個々の裁判でどの事情を認定し、いくらを認めたかという問題を区別する必要がある。

基準がないことの影響は、当事者への説明のしにくさに表れると考えられる。似た被害でも金額が違えば、なぜ違うのかを知る手がかりは判決文の中にしかない。示談の交渉でも、双方が頼れる共通の物差しが乏しければ、見通しの違いが交渉を長引かせることがある。基準の明確化が目指すのは、金額を一律にすることより、金額の理由を見える形にすることだろう。

3. 明治の基本構造と、既に行われた改正

不法行為は、故意・過失による権利や法律上保護される利益の侵害に対する賠償の枠組みである。資料1は、2004年の現代語化に伴う709条の変更や、2017年の改正による時効の見直しを明記している。「130年間条文が手つかず」と読むのは誤りだ。基本構造が長く維持されたことと、個別の条文が既に改正されたことを分けて理解したい。

不法行為は、誹謗中傷だけでなく、交通事故、名誉毀損、職場のハラスメントなど幅広い場面で賠償の根拠になる規定である。基準の見直しは、ネット上の書き込みだけの話にとどまらない可能性がある。

4. 誹謗中傷の賠償は、どう変わりうるのか?

共同通信は今回の見直しを、誹謗中傷の慰謝料の基準を明確にする動きとして報じた。理屈の上では、基準が明文化されれば、被害者は請求の前に賠償額の見通しを立てやすくなる。加害者側も、書き込みが何を招くかを事前に知る手がかりを得る。一方で、事案ごとの事情を数式や表でどこまで表せるかは難しい問題として残る。刑事の側では、2022年に侮辱罪の法定刑が引き上げられた。刑事の物差しが先に動き、民事の物差しがこれから議論される順序である。

もう一つの見方もある。基準ができても、それが目安にとどまるのか、上限や下限を縛るのかで、実際の運用は大きく変わる。個別の事情による増減の余地をどこまで残すかが、議論の分かれ目になりそうだ。

5. もう一つの論点、性被害と「時効の数え始め」

現行724条は、被害者又は法定代理人が損害と加害者を知った時から3年間、または不法行為の時から20年間行使しない場合を定める。生命・身体を害する不法行為では、724条の2により短期の期間が5年となる。ただし、経過措置、時効の完成猶予・更新、援用なども関わるため、年月日だけで請求できないと自己判断してはならない。資料1は未成年者の性被害などへの現行制度の対応を検討候補に挙げているが、新たな期限が施行されたわけではない。

この論点は、被害者が声を上げられる時期と、法律が定める期間とのずれをどう埋めるかという問題でもある。期間を延ばすのか、数え始めの日を後ろにずらすのかで、救われる人の範囲が変わる。

6. 日弁連の提言から4年、道のりはまだ長い

日本弁護士連合会は2022年に、慰謝料の算定について新たな条文を置くよう求める立法提言を公表している。今回の資料1は、日弁連の2022年9月16日の提言を脚注で参照している。ただ、条文がない状態を変えるべきだという声は、以前からあった。改正を検討する場合には、研究会の整理に加えて、法制審議会への諮問、要綱、法案、国会審議などの段階を確認する。すべてが予定どおり進むと確定したものではない。2017年に成立した債権法の大改正は、法制審議会への諮問から成立まで約8年かかっている。

民法の不法行為をめぐる議論は、条文の文言を変えるかどうかだけでなく、裁判の実務の積み重ねをどう条文に取り込むかという課題でもある。長年の判例で形づくられた運用を、明文化する際にどこまで写し取れるかが問われる。

研究会とは、省庁が有識者を集めて論点を整理する場であり、ここでの結論がそのまま法律になるわけではない。研究会の資料、正式な諮問や要綱案、国会へ提出された法案は、それぞれ異なる段階の情報である。初会合は動き出しの合図にすぎず、結論が出るまでには、相応の時間がかかるとみるのが自然だ。

7. 私たちにとっての意味は何か?

30日の初会合で決まるのは、金額ではなく、何を考慮して金額を決めるかという議論の入口である。被害を受けた側にとっては、請求の見通しが立つかどうかが、泣き寝入りをするかしないかの分かれ目になりうる。書き込む側にとっても、軽い気持ちの一言に、どれほどの重さの責任が付くのかが問われる。賠償額の引上げが決まったわけではないが、どんな要素が基準に入るかを見ておく価値はある。

慰謝料の基準は、裁判で争う人だけの問題ではない。示談や交渉の場で、双方が何を目安にするかにも影響する。条文の書き方ひとつで、日常のトラブルの解決の仕方が変わる余地がある。

「基準の見直し」と法改正は同じではない

慰謝料の額は、不法行為の内容、被害の程度、当事者の事情、証拠などを踏まえて個別に判断される。研究会での議論や報道上の問題提起は、その直後に賠償額が一律に変わることを意味しない。法務省の一次資料、議事要旨、諮問内容、法案提出の有無を分けて確認する必要がある。

段階確認すべき資料現時点の意味
研究会・検討開催要綱・配布資料論点整理
法制審議諮問・要綱案制度案の具体化
法案条文・附則国会審議の対象
施行公布日・施行日実際の制度変更

独自の検証手順は、記事で触れる各論点を「現行法の条文」「裁判実務」「検討中の提案」に三分することだ。例えば消滅時効の規定を引用する場合も、条文の現行内容と適用関係を原典で照合し、報道の見出しだけから結論を導かない。

検証方法

法務省の研究会資料、e-Gov法令検索、国会提出法案を順に確認する。一次資料未公表の段階では、議論の開始・報道された論点として表現し、賠償額の変更が決まったとは書かない。公式資料の公表後に、対象となる不法行為と経過措置を追記する。

資料:法務省第1回研究会の資料1および現行民法を基に作成。

独自の視点――金額の目安と実際の救済を分ける

この議論を読む際の独自の物差しは、「金額の目安」「算定理由の説明」「実際に回収できるか」を三つに分けることだ。考慮要素が法律に加わっても、同じ投稿なら全員に同じ金額が支払われるとは限らない。被害の証拠、発信者を特定する費用、判決後の支払いも別の課題として残る。将来の改正を待つことと、現在利用できる相談・手続きを確認することも分け、被害の相談では早めに弁護士や法テラス等へ具体的な事情を伝えるべきである。

訂正・補足(2026年10月9日):第1回研究会の資料1と現行民法を照合し、検討範囲を二つに限定した説明、130年ほぼ手つかずとの表現、実務上の基準や説明が全くないと読める表現を改めた。時効は原則と個別の適用を分けた。公開ページでは議事要旨は準備中であり、資料の検討候補を研究会の決定とは扱っていない。本稿は一般的な制度情報で、個別の請求可否や賠償額を判断する法律相談ではない。

[文・構成=編集長 麻生 矩暉]

出典とメモ

2026年10月9日、法務省・第1回研究会ページと資料1「不法行為法制の在り方に関する検討について」の1〜3・5〜6ページを確認した。検討段階の整理は同資料を基に作成。現行法はe-Gov民法710・724・724条の2と照合した。考慮要素、期限、回収を分ける読み方は編集部の整理であり、法務省の結論ではない。