選挙の予想を巡る話が、なぜ「才能」の評価に広がったのでしょうか。映画評論家の町山智浩氏が11月3日、SBIホールディングスの北尾吉孝氏の米中間選挙予想を紹介した動画付き投稿を引用し、「投資の才能ないと思う」とXに書きました。

短い一言ですが、ずいぶん強い評価です。寄せられた反応には、町山氏自身の「才能」を問い返すものもありました。選挙の予想の話だったはずが、急に人物評の応酬になっています。

町山氏が引用したのは、北尾氏の予想を紹介する投稿

引用元は、NewsNews.Todayによる動画付き投稿です。説明文では北尾氏の発言として「僕は、共和党が上院も下院も勝つと思います」と紹介しています。町山氏は、この投稿に一言を添えました。

この記事で確認したのは、公開された動画付き投稿の説明文と、それを引用した町山氏の投稿です。北尾氏の登壇全体や、発言前後の全記録を確認したという意味ではありません。動画の説明文に省略されている予想の根拠まで、こちらで補って断定することは避けます。

また、町山氏の投稿は短く、どの部分を根拠に投資の才能へ結び付けたのかまでは説明していません。選挙予想に疑問を持ったことと、投資についての総合的な評価を示したこと。その間に説明があるかどうかが、読む側には気になるところです。

ネットの反応

元の投稿に寄せられた反応を紹介します。投稿者それぞれの感想・意見です。

同じ言い回しで反論

@korikori_korina · 元ポスト

批評する立場への疑問

@den_taku555 · 元ポスト

「投資の才能」についての持論

@kumonopanya · 元ポスト

北尾氏を擁護する声

@m885cEWd9L95031 · 元ポスト

町山氏と比較する反応

@erocchi96 · 元ポスト

言い方への強い反発

@DC1221560280802 · 元ポスト

「解説する才能」を問い返す反応も

寄せられた反応には、町山氏に対し「何かを解説する才能ないと思う」と、似た言い回しを返す投稿がありました。予想の中身への検証よりも、発言者への評価を返す反応です。

短い一言は、短い一言で返しやすいものです。それだけに、読んでいるうちに、何の予想が争点だったのかを見失うこともあります。北尾氏の根拠は妥当だったのかという話が、いつの間にか、どちらの人物の能力が上かという話へ移ってしまうからです。

町山氏の言い方への反発は分かります。それでも、返す言葉まで「才能がない」になると、同じ大きさの言葉をぶつけ合っている感じです。北尾氏の予想について、肝心なところが置き去りになっています。

「成功した人が言う資格」という反論

「投資で成功してる人が言う資格あると思うけど?」という反応もありました。専門性や実績を持たずに、他人の才能を切り捨てていいのか、という疑問として読めます。

たしかに、特定の分野の判断を評価するなら、その分野の知識や実績を確かめることには意味があります。ただ、批評の資格を成功者だけに限れば、利用者や読者が抱く疑問は出しにくくなります。逆に、著名な経営者の発言だから、選挙予想も必ず正しいというわけではありません。

実績がある人だから話を聞きたい、というのは自然です。でも、聞いた後に「今回は違うのでは」と思うことまでなくなるわけではありません。成功した人をほめるか、批評する人を認めるか。その二択にされると、どちらにも乗り切れません。

11月4日の報告では、民主党が両院多数派の見通し

選挙の状況について、日本貿易振興機構(ジェトロ)は11月4日のビジネス短信で、民主党が連邦議会の上下両院で多数派の奪還を確実にしたと伝えました。獲得議席がすべて確定したという報告ではなく、未確定の選挙区を残した時点の説明です。

この報告は、動画投稿の説明文で紹介された共和党の両院勝利という予想とは異なります。ただ、ここから直ちに分かるのは、紹介された勝敗予想とその後の情勢が一致していないということです。北尾氏の投資判断全体や、過去の運用成績まで判断できる資料ではありません。

そもそも選挙の勝敗予想と、ある価格で何かを買うか、損失をどこまで許容するかという判断は、同じ問いではありません。この記事も、誰かの投資の腕を採点したり、金融商品の売買を勧めたりするものではありません。予想を巡る言葉のつながりを確認する記事です。

結果が出る前から上がっていた反応

これらの反応が投稿されたのは、いずれも11月3日です。町山氏の一言に対して、その日のうちに言い返していた人たちです。11月4日の選挙情勢を見てから北尾氏を擁護した、と読むと、話の順番が変わってしまいます。

反応の中心にあるのも、獲得議席や予想の根拠ではありません。「才能ない」と書いた町山氏に、そんなことを言う立場があるのか、と問う内容でした。元の予想に乗るというよりも、その切り捨て方に反発した言葉に見えます。

この反発は分かります。選挙の予想を紹介した投稿を見て、いきなり投資の才能まで否定するのは、話が大きすぎます。ただ、その言い方が気に入らないからといって、紹介された予想の正しさまで証明されるわけではありません。結果の話をするときには、そこは残ります。

実際、11月4日のジェトロの報告は、紹介文の予想と違う情勢を伝えています。北尾氏を擁護したい人にとっても、それをなかったことにはできません。一方で町山氏のほうも、予想が一致しなかったという一点だけで、「投資の才能」まで説明できたことにはならないはずです。

「才能」の一言で、ずいぶん遠くへ行ってしまった

町山氏の投稿は「投資の才能ないと思う」。説明も条件も付いていません。歯切れはいいです。でも、読み終わった後に残るのは、北尾氏の予想のどこが違うかよりも、町山氏が北尾氏を低く評価したという印象です。

もし「両院とも共和党という予想は違うと思う」だったら、反論も、その予想に向かったかもしれません。上院はどうか、下院はどうかという話になります。しかし「才能」が出てくると、相手の仕事全体が話題に入ってきます。予想一つの話から、ずいぶん遠くまで広がりました。

そこへ「解説する才能ないと思う」と返す反応が付く。この言い回しの跳ね返り方は、Xらしくもあります。相手の言葉をそのまま使うので、何への反発かはすぐ伝わります。ただ、うまく言い返せたからといって、最初の選挙予想の話が進んだわけではありません。

読んでいて少しもったいなく感じたのは、その点です。反論のきつさが増すほど、北尾氏がなぜそう予想したのかも、町山氏がなぜ違うと思ったのかも、後ろへ下がっていきます。二人への好き嫌いなら話しやすくても、選挙の話としては取り残された感じがします。

実績はある。でも、この予想はどうなのか

「投資で成功してる人が言う資格あると思うけど?」という反応は、北尾氏への評価というより、町山氏が強いことを言うなら自分の実績はどうなのか、という問いにも読めます。それほど強い言い方をするのか、と驚いた人はいたのでしょう。

ただ、成功した人しか批評できないという話になると、今度は疑問を言える人が極端に少なくなります。大きな会社をつくったことがなくても、経営者の選挙予想に「なぜそう思うのですか」と聞くことはできます。そこまで実績で閉じてしまうのは、窮屈です。

逆に、その人が著名な経営者だから、別の分野の予想も正しいと決まるわけではありません。聞く価値があると思ったことと、内容に納得したことは違います。北尾氏の仕事を評価していても、今回紹介された予想には首をかしげる、という受け取り方はできます。

町山氏に対しても同じです。映画の解説をどう評価しているかと、この一言が妥当かは、別々の話です。どちらの人物も丸ごと肯定か丸ごと否定かになってしまうと、短い投稿一つに背負わせるものが大きすぎます。

予想は違った。それでも「才能」までは分からない

ジェトロの報告を読む限り、紹介文にあった共和党の両院勝利という予想と、その後の情勢は一致していません。そこは、発言者への好みとは関係なく残る話です。町山氏の言葉がきついからといって、予想まで当たったことにはなりません。

でも、だから「投資の才能ないと思う」がそのまま裏付けられた、と言われると引っ掛かります。この記事で確認した投稿や選挙情勢には、投資全体を評価できるだけの材料はありません。予想が違ったことへの批評なら、その予想に向けた言葉で十分だったのではないでしょうか。

一言で切った町山氏に、一言で言い返す反応。その往復は目を引きます。ただ、選挙の結果が違ったことと、誰かに才能があるかどうかの間には、まだかなり距離があります。強い言葉の勢いで、そこまで埋まったようには感じませんでした。

出典とメモ