小さな量子回路の実証から、大きな計算機を描く構想へ。その間には、量子ビットを増やすだけでは埋まらない仕事がある。NECの実機開発中止を伝えた9月の報道を、当事者の公開資料から読み直すと、1000量子ビット超の構想、8量子ビットの研究成果、最適化サービスは別々の段階だと分かる。中止の決定資料や人員の移籍は今回独立確認できていない。「量子コンピューターから降りた」と事業全体を括る旧タイトルを改め、確認できた範囲から考える。
1. 中止報道と、確認できた公式発表を分ける
旧稿は、2026年3月末に実機開発を中止したことと、研究者の多くが富士通へ移ったことを9月の日経・ダイヤモンドの報道に基づいて記していた。今回確認したNECの公式資料から、その決定内容や人員の人数・移籍先を裏付ける資料は得られていない。報道されたことと、編集部が決定を一次資料で照合したことを同じにしない。
JSTの旧プロジェクト「超伝導量子回路の集積化技術の開発」は、2020年度採択・2025年度終了と記載され、山本剛氏の所属はNECである。終了報告書の実施期間は2020年12月1日から2025年11月30日までだ。これに対し、2025年度採択の新プロジェクト紹介では、同氏の所属は産業技術総合研究所で、課題推進者には富士通の研究者も載る。公表された研究体制の違いは確認できるが、旧課題の終了日は報道の2026年3月末とは別である。助成課題の終了を会社の実機中止決定と読み替えたり、掲載名簿だけからNEC研究者の多数が富士通へ移籍したと結論したりはできない。
一方、2022年3月17日の基本ユニットの実証、2023年6月28日の8量子ビット機を使う東北大学との共同研究は、NEC自身の発表で確認できる。古い資料に開発中という記載が残ることも、中止報道を否定する証拠ではない。発表当時の成果と現在の組織の決定には、違う確認が必要である。
また、2026年10月2日には、NECなど5者による量子計算技術を活用した創薬分野の共同研究開発がNEDOの実証事業に採択されたと発表されている。9月の記事に対する後日の補足だ。これも当該実機の開発継続を証明するわけではないが、量子分野の取り組みが全て消えたという説明にはできない。
2. 1999年、4ビット、8ビットは何の成果か
NECの2022年発表と会議資料は、1999年に超伝導量子ビットを開発・動作実証した歴史を記す。2026年との差は27年だが、27年間ずっと同一方式の量産計画を進めていたという意味ではない。研究の出発点、素子、計算方式、事業の範囲をそろえず、年数だけを開発の成否の尺度にしない。
2022年の基本ユニットは4量子ビットと結合回路からなり、超伝導パラメトロンと回路結合技術を用いたアニーリング動作を実証した。2023年には基本ユニットを並べた8量子ビット機を、東北大学からインターネット経由で利用する共同研究へ進んだ。4から8という数の変化だけでなく、外部から使える研究環境を組み立てた点も成果の内容である。
NECは量子アニーリングを、組合せ最適化問題の解に対応する低いエネルギー状態を探索する計算機と説明する。一方、従来計算機でその振る舞いを模す疑似アニーリングも同じ資料に登場する。量子という名前が付く全サービスを、量子素子を使う同じ装置として扱わない。0と1の重ね合わせだけであらゆる候補の答えを一度に取り出せる、という説明でもない。
3. 1000超は多ビット化の構想で、達成率ではない
2022年12月6日の内閣府ワーキンググループ資料10頁には、基本ユニット4、100、1000量子ビット超の模式図がある。低温エレクトロニクスによる素子の安定化や冷凍機内の配線数削減も併記される。図は大規模化へ向けた取り組みを示すもので、1000超の装置を既に完成させた発表ではない。
NECの2022・2023年公式発表、内閣府掲載のNEC資料、富士通・理研の2025年4月発表を基に作成。方式・時点・成果の段階を分けた編集部の比較表である。
| 資料・時点 | 確認できた対象 | 混同しないこと |
|---|---|---|
| 2022年3月・NEC発表 | 4量子ビットの基本ユニット動作 | 大規模な商用機の販売ではない |
| 2022年12月・会議資料 | 100、1000量子ビット超への模式図 | 納期付きの完成保証ではない |
| 2023年6月・共同発表 | 8量子ビット機を外部から研究利用 | 有料需要や収益の実証とは別 |
| 2025年4月・富士通等の発表 | 256量子ビットの別方式の装置 | NEC機に対する速度倍率ではない |
8÷1000=0.8%、256÷8=32という計算自体はできる。しかし前者を計画の進捗率、後者を性能差と呼ぶことはできない。構想の数と公表成果の数は時点も意味も違い、結合、精度、計算の割り当て、実装条件も関わる。数字を割る前に、それが何を数えた値かを確認することが、この比較では重要になる。
2025年9月9日の共同発表には、産総研、理研、NECが富士通と大規模量子システムの俯瞰図・ロードマップを策定し、超伝導方式のサプライチェーンに関する技術報告書を公開した記録もある。発表は、配線の増加が実装面積や熱負荷を増やすことを課題として挙げる。ビットを増やす仕事には、ケーブルやコネクター、冷却など周辺の技術も必要になる。これは2025年時点の共同作業の記録であり、2026年の実機中止を否定したり、その後の継続を証明したりする資料ではない。
旧稿の以後の実機公表はない、100に届いた記録は残っていないという網羅的な説明も改める。今回読んだ2023年の発表は8量子ビットである、という範囲までにとどめる。全ての成果や非公開の実験、最新の全発表を探し尽くした確認ではない。
4. 小規模の研究機を、売上だけで評価しない
2023年の共同研究は、量子機と東北大学のベクトル型スーパーコンピュータ上の疑似アニーリングを相補的に使う構成を検討するとしていた。通信遅延も加味し、速度や精度を生かす計算の割り当て方を調べる。NECは最適避難経路などへの適用を検討すると記すが、今回の発表だけで実社会の避難システムを完成・導入したとはいえない。
8量子ビットの機械がそのまま大きな商用問題を解くことと、システム設計の研究に役立つことは違う。旧稿は既存計算機で処理できる規模だから顧客は対価を払わない、と断定していた。しかし比較ベンチマークや顧客の支払意思、装置の費用を確認していない。研究機の役割から投資回収の失敗を逆算することは避ける。
会議資料18頁が継続支援や共通基盤、製造・評価設備、人材育成を提言していたことは確認できる。ただしこれは当時の企業の提言で、資金不足や投資回収が実際の中止理由だったという決定資料ではない。装置の課題と経営判断の理由を分けておく必要がある。
5. 富士通の256と比べるなら、方式も読む
富士通と理化学研究所は2025年4月22日、256量子ビット超伝導量子コンピュータの開発を発表した。2023年の64量子ビット機から、同じ基本セルを使う集積や冷却設計を発展させたと説明している。1台の数が増えたことだけでなく、実装の拡張性をどのように示したかを読む材料になる。
NECの8量子ビット機はアニーリングの研究機であり、富士通・理研の機械と計算方式が異なる。同じ超伝導でも問題の表現や制御は同一ではない。256という数から32倍速いとか、経営判断を変えた直接の競争圧力だったと結論することはできない。
富士通の同発表は2026年の1000量子ビット機の設置計画も示したが、計画と実現済みの256は区別する。本稿はその発表時点の説明を比較したもので、10月時点の1000機完成を確認した記事ではない。研究者の移籍報道が事実であっても、誰のどの知見が運ばれたか、国全体の開発力が増減したかは別の調査が必要だ。
6. サービスの終了と、量子分野の活動を分ける
NECの現在の製品・サービス案内は、x86サーバーに対応するVector Annealingソフトウェアと、D-WaveのLeap量子・ハイブリッドサービスなどを掲載する。一方、SX-Aurora TSUBASAの専用環境を使うVAクラウドサービスは2025年3月末に提供終了したと注記される。旧稿は2021年からのサービスをそのまま現在も続く投資の選択肢として扱っていた。
量子素子の実機、従来計算機で動くソフトウェア、他社の機械へ接続するサービスは、装置を持つ主体も役割も違う。古いサービスの終了は、全ソフトウェアの終了とも実機開発の終了日とも同じではない。社内で競合する投資だったという旧稿の説明も、社内配分の資料なしには断定できない。
10月2日の共同研究発表は2026年9月から2029年3月の実施予定と、量子計算技術やAIを活用した候補の設計・評価基盤の構築を示す。採択や研究計画は治療効果や実用化成功の証明ではないし、NEC製量子機を新しく完成させた発表でもない。事業全体を撤退の一語で括らず、続く活動の種類を確認する後日の材料として読む。
独自の視点――装置の数と、使える仕組みの距離を測る
編集部がこの資料比較から重視するのは、量子ビットの数を並べた後に、成果をどこまで使える状態へ運んだかを確かめることだ。4の基本ユニット、8の外部研究利用、1000超の模式図には、別々の課題がある。原理の実証、装置の拡張、通信を含む運用、顧客の問題への適用を分けると、小さな成果を無意味とも、大きな構想を実用化済みともいわずに評価できる。
その評価には、同じ問題と精度での処理時間、準備・通信・再計算を含む時間、運用費、従来手法との比較を追う必要がある。これは編集部の検証項目で、今回測定した結果ではない。NECの過去の共同研究が通信遅延や計算の割り当てを検討していた点は、単純なビット数競争とは異なる評価軸があることを具体的に示している。
2025年の共同発表では、数字を比較したNECと富士通が同じ供給網の検討にも関わっていた。JSTの新旧資料では、同じ研究者の所属表記と、参加する研究体制にも違いがある。編集部は、装置を開発する会社、助成される研究課題、研究者の所属を三つの別の記録として追う見方を提案する。どれか一つの終了や変更だけで、他の二つも消えたとは判断できない。共同作業や名簿の存在は、会社間の大量移籍、その理由、知見の移転を証明したものではない。何が続き、何が終わったかを、確認できた単位で記すことが必要である。
中止報道については、対象となる実機・研究範囲、決定日、組織の説明を引き続き確認したい。分かっていない経営理由を技術の数で埋めるより、残るソフトウェアや研究との境界を確かめるほうが、27年の蓄積がどの形で次へつながるかを追える。撤退と継続を単純な二択にしないことが、本稿の独自の視点である。
追加補足(2026年10月11日):JSTの新旧プロジェクト紹介と旧課題の終了報告書を照合した。旧課題の実施期間と新課題の所属・参加名簿は確認できたが、NECの中止決定や多数の研究者移籍、経営理由の独立確認は引き続き未完了である。
訂正・補足(2026年10月11日):旧注意の、実機中止に関する事実関係は報道由来という点を保持する。今回も中止の公式決定資料、人員移籍、投資回収理由は独立確認できていない。量子事業全体から降りたというタイトル、8量子ビットから顧客の支払意思や投資回収を断定する説明、実機公表が以後ないという網羅的な説明を改めた。SX-Aurora専用VAクラウドが2025年3月末終了という公式注記と、10月2日の新規共同研究を後日の補足として追加。数の比を性能や計画達成率とみなさず、構想・研究成果・サービスを分ける。
[文・構成=編集長 麻生 矩暉]
出典とメモ
- 内閣府掲載・NECの2022年12月6日会議資料2・3・4・10・18頁を紙面確認。研究史、方式の分類、4/100/1000超の模式図、配線・低温の課題、提言を照合。資料10頁の1000級の速度見通しや市場推計を独立検証した結果としては用いない。比較表は本資料と各社発表を基に作成。
- NECの2022年3月の基本ユニット発表、2023年6月の8量子ビット共同研究、製品・サービス案内を確認。Web本文でVA専用クラウド終了の注記を照合。10月2日の共同研究採択発表は後日の補足。富士通・理研の256量子ビット発表は2025年の成果と設置計画を確認。
- NEC・産総研・理研の2025年9月9日共同発表で、富士通との供給網・ロードマップの検討、配線の実装面積・熱負荷の課題を確認し、2026年10月11日に追記した。発表本文を照合した範囲であり、リンク先技術報告書の全仕様や性能の再検証ではない。2026年の実機中止の決定・人員移籍の裏付けとはしない。
- JSTの旧課題紹介と新課題紹介で、採択年度・旧課題の終了表記・PM所属・富士通の課題推進者の掲載を確認。旧課題終了報告書本文1頁(PDF2頁)の実施期間を紙面でも確認した。全35頁の技術成果を再検証した結果ではなく、会社の中止決定日や移籍人数を確認した資料でもない。
- 旧報道の日経、ダイヤモンドは履歴として保持。2026年10月11日確認。中止の公式決定・対象範囲、移籍人数・知見の移転、全実機の最新成果、性能・運用費の独立測定、顧客の支払意思、社内投資配分や収益、創薬の効果・臨床結果は未検証。原決定の確認は引き続き未完了。最終節は編集部の検証提案で、取材や実験結果を捏造したものではない。














